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「─あれ?」 だが、その中で一番早くに立ち直り、冷静さを取り戻したロユマが、子供たちの中にシシカが居ないことに気づいて声をあげた。 そして、その時彼の一番近くに居たザクトリアスの頭をぽんぽんと叩き彼の注意を自分の方に向かせると、尋ねた。 「シシカがいないみたいだけど、どうしたんだ?」 敬称も付けず自分より身分が上のはずのシシカに対して、自分と同等のような口調で彼の事を言うロユマを見たら、この世界の大抵の人々は腰を抜かしたに違いない。これは、白の館と黒の館の後継者とその親衛隊隊長の間柄だから見られる光景だった。彼等は、周りに使用人もいない本当のプライヴェートでは、名前に敬称も付けず、時として愛称で呼び合っても良いことになっている。しかし、公的な場面では、建前もあって、ロユマでもきちんと「シシカ様」「ルファディウ様」と呼んでいるのだ。 ロユマのその問に、ザクトリアスはやや困ったような笑みを浮かべて、その時丁度目のあったティリミーと、何だか共犯者のような、くすぐったそうな笑みを浮かべあった。その時ティリミーは、彼女の一番のお気に入りのミンシリアの膝の上に、ちょこんと落ち着いていた。 「あのね。あいつは、今、ラディにしっかりつかまってるんだ」 「─何だ。お説教されてるのか?」 「しっかりつかまっている」という科白の裏の意味を悟ったルファディウが、今頃、多分、ラディにこってりとしぼられているであろうシシカの姿を想像し、思わず噴出しそうになりながら尋ねた。 ルファディウ・スラエイドゥはそういう物腰をしっかり身に着けており、加えて顔立ちが冷たそうなため、一見非常に冷静に、そしていかにも高貴そうに見える。まさに、貴族─五色の聖騎士という身分は、この国では正確には貴族ではないが─というとある一定のイメージがあるが、そんな人物に見えるのだ。本人が面白がって自分のことをそう演じて見せているため、長年彼の館に勤めている使用人たちの中にでさえ、そう思っている者がいるくらいだから、世間一般に対する彼のイメージは、言わずもがなだ。 だが、別に、彼は自分の本性がばれてもかまわないのだ。ばれると自分のイメージが余程悪くなる、という類のものではないのだから。彼は自分がそう演じる事で見られる、彼に対する周りの反応が面白いのだ。─彼の本性は、かなりの笑い上戸で、茶目っ気があり、かなりのいたずら好きということなのだが。 まあ、普段もの静かでやや冷淡な、とばかり思っていた若様の、腹をかかえて大笑いする姿を偶然に見てしまえば、その当初はかなり驚くだろうが。 只、彼は全体的には穏やかな性格の持ち主だが、一度人を嫌えば、容易に許さない性格も併せ持っていた。本人もこの性格を熟知し、自分の性格の中でやっかいな部分の一つと認識していたので、それを出来るだけ抑えようと努力はしていたが。 「して、その理由とは?」 おどけて、わざと芝居がかった口調でルファディウに尋ねられて、ザクトリアスたちは思わずお互いの顔を見合わせた。 事の真相を、シシカの居ないところで話してしまってよいものかどうか、思案していたのだ。 だがその時、ザクトリアスたちにとっては幸運なことに、興味津々で話を聞いていたイレガたちには不運なことに、控え室の扉が開き、執事のウムが姿を表したのだった。 その瞬間、イレガは思わずすくんでいた。それも、すぐに消えたが。 幼い頃からウムの事を良く知っているにも関わらず、彼女は、どうにもウムが苦手だった。というよりは、タカ族の瞳が苦手なのだ。白目が無く、真紅の虹彩だけの目にどうしてもなじむことが出来ない。まあ、彼と話しているうちに、その苦手意識は段々と消えてはくれるのだが。 彼に案内されて、ルファディウ達は、客用寝室に通された。彼等に混じって、ザクトリアスたちもぞろぞろとついて来ている。 白の館の客用寝室は、その角の頂点がほぼ西に位置しているため「西館」と館の住人たちに呼ばれている西側の五芒星形を形成する三角形の一つの、二階と三階の全部に設けられていた。 ルファディウ達が泊まる部屋は昔から決まっており、白の館の住人たちは、その部屋の一つ一つに正式な名称があるにも関わらず、彼等が泊まる部屋のことを「黒の別宅」と呼んでいた。こう呼ばれるようになったのはヴィルグの代になってからで、彼は時にはその部屋で自分の執務を取るほど、長期間滞在する時もあるのだ。 まあこれは、白の館の主人も同様で、黒の館には「白の別宅」と呼ばれる一角があるのだけれど。 ルファディウたちはその客室群の中央に設けられた客用居間に向かったが、そこには既に、先客がちょこんとソファに腰掛け、館の学生用の図書室で借りた冒険小説を読みふけっていた。 先客、というのは、つまりはシシカの事である。 彼はようやく反省文を書き上げて、ラディの部屋へ提出しに行き、そこでまたアオスと一緒になり(今度はぶつからなかった)、彼と一緒に朝のお説教の続きを、たっぷりと聞かされたのだ。 教師としてのラディは厳しい、という彼の推測は、そこで確定のものとなった。乳兄弟としてのラディは限りなくやさしいのだが、そのつもりでいるととんでもない目にあってしまう。 というような事を、シシカは今日その日、いやと言うほど思い知った。 お説教が終ってやれやれとした心境で部屋に戻ると、イカムが居て、ルファディウたちが門の外についたから、客用居間にでも行って彼等を待っていればいい、と教えてくれたので、彼はあと一週間で返すことになっている本を持って、ここへ来たのだった。─学生用図書館の本は、借りてから十日間で返すのが決まりとなっている。 「シシカ」 彼がそこに居るとは思いもしなかったルファディウが、素っ頓狂な声をあげた。 「ルオ、久しぶり〜」 本を閉じ、彼の驚きぶりに満足して、シシカは挨拶代わりに、いたずらっぽく笑いながら、小さな手をひらひらと振って見せた。 が、彼のその満足は、イレガのこの質問によって霧散してしまった。 「ねえ、シシカ。今日、ラディに怒られたれたのですって?どうして?」 彼のことを赤ん坊の時から知っている気安さから、挨拶もそこそこに、イレガが先ほど聞きそこなった話題を蒸し返した。 その質問に、シシカは痛いところをつかれた気分になり、渋面をつくりながら、このことを話したであろう犯人を直感で当て、ザクトリアスを睨みつける。 「…ザール、お前だろ?怒られてること話したの…」 「…う、ごめん。今思えば、シシカは宿題出されて、その資料を探しに図書館に行っている、くらいのこと、言えば良かった…」 シシカの視線に冷や汗をかきながら(彼のこういう視線は、かなり怖い)、ザクトリアスが自分を守るように後ずさりながら、引きつり笑いをしながら答える。 「あ、でもね、でもね。ザールはなんで怒られてるのか、ってまでは言わなかったのよ」 彼のその様子を哀れに感じたのか、ティリミーが横から助け舟を出した。
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