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2002年9月13日UP

 「こちらこそ、同僚としてよろしくお願いいたします」
ラディオスも、そんな彼女に対して宮廷風の会釈を返す。魔法学校にもお作法の授業があり、そこでみっちり叩き込まれたのだ。
 それを見て、彼と同じく魔法学校出身の─但し、彼女は精霊使い科卒業である─彼女は、満足そうに微笑んだ。
「満点」
 ラディオスは、親しい者達の間ではラディと呼ばれている。亜麻色のまっすぐな髪の毛に、弟と同じ色の瞳。整った顔立ちはしているものの、穏やかで落ち着いた雰囲気のほうが人々の印象に強く残る。
 モモは、彼が十歳の時にこの館へやってきた。クロアータ帝国では五歳から十歳までの間が初等教育の期間とされている。彼女はその間の普通教科を教えるために館へ招かれたのだった。
 その五年前と、彼女の外見はほとんど変わらない─いや、雰囲気が少し変わったかもしれない。きびきびとして、先生らしくなったような気がする。
 ラディオスと彼女が今いるのは、三階に設けられた、普通の学校なら職員室と呼ばれるような部屋だ。これも、十歳から上級の授業となりより専門的な科目を学ぶためにそれ用の家庭教師も今年から増えるため、以前はもっとこぢんまりした部屋から、この大部屋に移したのだった。
 その部屋には、今前述した二人のほかに、子供達が五歳の頃から一貫して教えている二人の教師たちが、彼らの近くに座っていた。
 そのうちの一人は、子供達に剣技を教えているロドル・クリフトだった。
 彼は二十五歳の長身の青年だった。鮮やかな緑色のまっすぐな髪の毛は腰の辺りまで伸ばされ、目は切れ長、涼やかな淡い水色の瞳をしている。全体的に見てかなり派手な容貌の持ち主で、職業を聞かなければどこかの劇場の舞台に立っている俳優と勘違いしたかもしれない。
 職務には忠実で、子供達からはそれなりに慕われているが、その私生活はいささか感心できないとラディオスは思っている。学生時代も街中での彼の行状の噂が面白おかしくささやかれ、それを聴くたびに彼は、
「なにやってんだ、あの人は…」
と頭痛を抱え込んだものだ。
 ゴルドはそこへ行くと落ち着いていて、ロドルのそんな行状にも苦笑程度ですませていた。しかし、彼は一度だけ、ゴルドがロドルを本気でしかりつけていた場面に出くわしたことがある。魔法学校から休暇で帰ってきていた時だったのだが、彼がいったいだどんなことをしでかしたのかは今までの例もあるので聞きたくはなかった。
 しかし、ロドルは結局首にはならずに、この館に教師として、いまだ留まっている。それはこの館の七不思議のうちの一つに充分入るとは、心では思っていても、口には出さないだけの分別はあるラディオスだった。
 ただ、あれ以来、彼の行状が少しはましになったような気はしている。
 もう一人は、ディアンカ・パチルという名前の六十五歳の女性だった。彼女は<白の館>の主が代々信仰している戦神ゴーリィサと知識神ギニアティの双子神を祭っているこの館の神殿に幼い頃から仕え、今はかなり高位の司祭の一人となっていた。小柄で浅黒い肌をし、ふくよかな体格をした彼女は、若い頃からあまり美人とはいえなかったが、なかなかチャーミングなところがある。今は老眼鏡が手放せないが、神聖魔法の能力はいまだ衰えておらず、子供達に神学を教えてきた。そして、今年からは ティリミーに、神聖魔法をより本格的に教えることになっているのだ。
 「あの子は飲み込みが早いから、こちらも教えがいがありますよ」
と、ディアンカは ティリミーのことを、満足そうに評価している。
「実は彼女、教科も一番のできなのよ」
モモもそれには笑顔で同意した。
「でも、ナーギもザリアルも見ててはらはらするけど、それなりにいい子よ。ある授業の時なんか、二人である問題について意見がまっこうから、そりゃもう見事に対立。二人の舌戦が繰り広げられたのだけど、聞いてるほうが可笑しくって。こちらは笑いをこらえて、これは授業だってことを忘れて一時間拝聴しちゃったわ。しまいには他の子まで、二人に拍手喝采してたわよ」
「それはその授業の後でさんざんきかされたって。そういやラディ。言うまでもないだろうけど、シシカ様には気をつけな。あの方は大人しそうな外見してて、あれでなかなか負けん気が強くていたずらっ子だから」
モモの科白にロドルも頷き、にやにや笑いながらシシカをそう評価する。
「ああ、それも聴いたことありますよ。剣の授業の時、あなたに負けたのが悔しくて、何度も討ちかかってきたってやつでしょう。で、それを聴いたゴルド様も面白がって、それならいっそシシカ様が納得するか降参するかまで徹底的にやれっていったやつ」
ラディオスはその話を思い出して、さすがにその時のロドルに同情した。
「そ。あれで結局夕飯までつきあわされた。何かあの日はシシカさまのご機嫌斜めだった日みたいでさ。次の日はしゅんとなって俺に謝ってたけど。しかし、おかげで次の日、体中ががたがた」
「あんたも大人げないわよね〜。あの時シシカさまに一勝くらいさせてあげたらよかったのに」
モモがおどけ、瞳をくるんと一回転させる。
「…シシカさまが本気だったからな。こちらも気を抜くわけにいかないだろ。あれが本気じゃなくお遊びだったら、一勝でも二勝でもさせてやってたさ」
 それを聴いたモモが、満足そうに頷いた。
「あなたなら、そう言うと思ったわ」
 ディアンカも面白そうに頷き、それぞれのカップにお茶のお代わりをついでまわった。
 「そういえば、他の先生方はいつ頃こちらに来られるのですか?」
ラディオスは暖かい紅茶を一口飲んでから、彼らとこれから来る新任教師達を束ねることになるディアンカに向かって尋ねた。
「一番早くこられるのは音楽を教えることになるラメラ・カオピア嬢ではないかしら。あとは…」
それからしばらく、職員室となる大部屋では、新任教師達の品評会が続いたのだった。


 子供達の授業は、後一週間で再開される予定だった。
 この夏休みの間中、皇女であるリザディ、裕福な農家の娘ティリミー、ルド族族長の娘ナーギはそれぞれの家庭へ帰り、それぞれそれなりに羽を伸ばしていた。
 もっとも、その中で一番遠くに家があるのはティリミーだった。リザディの家は言わずもながの宮殿、そして、ナーギの一族─彼女の部族だけでなく、帝国じゅうに存在する各部族の族長の家族は、帝国が統一されて以来、代々ベフルの都内に屋敷を与えられ、そこに住んでいる。
 一方、男の子達の方は、シシカとラフィオスはもとからこの館の住人だし、ザリアルは孤児で休暇中に帰る家がないため、親衛隊隊長の一人に選ばれた時から、ずっとこの家に家族同様暮らしている。
 ザリアルは、彼らと出会った初めのうちこそ、孤児であることをやや引け目に感じていたが、この館内にはそんな引け目を感じなくてもよいような雰囲気というものがあり、今ではすっかりとはいえないが、初めの時と比べるとかなり大らかに振舞うようになっていた。
 
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