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 「ふうん。とりあえず術が成功したんだから良かったじゃない。
 あとこの魔法って、あれだろ?使命を与えた精霊が見聞きした情報が、術者の頭の中にも始終送られてくるんだろ?」
シシカが興味深そうに尋ねる。それを聞いて、ナーギがため息とともに頷いた。
「…そうなのよね。もっと上級の術者になれば術者の思うとおりに情報を遮断出来るんだけど、私じゃまだそれは無理。だから、今でも、彼の見ている光景が私の中には入ってきてるわけ…。集中してないときはごくごくかすかな映像だけどね。それでも変な感じよ」
その言葉に、シシカが顔をしかめた。
「…それって何だかぞっとしない状態だよね。結構疲れるでしょ?」
「まあ、あまりいい気分じゃないわね。でも、魔法使いの使う魔法よりは疲れないと思うわよ。それに魔法って、やっかいなことに、使わなければその力がレベルアップ出来ないのよね。…だから、まあ、これもレベルアップのための修行だと思って、我慢するわ」
 その時、夜中も既に大分過ぎたことを報せる神殿の鐘がカランカランとやさしく鳴り響き、全員をびっくりさせた。鐘は決められた時間ごとに鳴るように魔法がかけられているのだ。
 「…やだ。もうこんな時間なの?」
リザディが自分の腕時計で時間を確認し、驚きの声をあげる。子供達がこんなに夜更かししたのは、今夜が始めての経験だった。
 「じゃ、そろそろ部屋へ戻ろうか。…明日の時間、武術の時間なんだ」
シシカが今更出てきたあくびをおおっぴらにしながらのびをした。
「うわ〜。朝っぱらから体力使う。俺は幸いにも歴史学の授業だもんね。あの時間は受講生が多いから、うまくすれば寝られるんだ。…俺の席、あまり前の方じゃないし」
いたずらっぽくウインクをしながら、ザクトリアスが言った。
「居眠りしてるところ、教授に見つからないでよ。親衛隊隊長として恥ずかしいから」
ナーギがきっとなって注意する。その彼女に、ザクトリアスは面白そうに笑いながら言った。
「残念でした。見つからないようにうまくやるコツを知ってるんだ…。それに、あの教授、俺が親衛隊隊長だってこと、忘れてるんじゃないかな?」
「あ、そ…。その可能性は高いわね…」
 さらにこの場でそのまま口論を続けそうな二人に、シシカが強引に割って入った。
「はい、はーい。二人とももう寝ようよね、今日はもう遅いから!」
2004年9月日UP
(3)
 『…モ…モ…。モモ・ナーゼ!!』
「〜〜〜っっ!?」
突然耳元で自分の名前を叫ばれ、モモは声にならない声をあげながらベッドから飛び起きた。
 教師空間、と呼ばれる空間の一角に設けられた、彼女の自室だ。
 彼女はそこに、シシカたちが中等部生となったこの夏から暮らしている。
 今まで慣れ親しんだ部屋はシシカたちの居住区のすぐ側にあり、五年間その部屋で暮らしたのだからそれなりに愛着はあった。
 が、白の館では、代々の後継者を小等部生の時分から教えている家庭教師でも、後継者とその親衛隊隊長が中等部生となると同時に教師空間の中の一角に部屋を移動するという慣習があるので、これはそれなりに踏襲するしかない。加えて、中等部生の教師たちは、全員がその教師空間と呼ばれる一角に自宅なり自室なりを与えられる慣習だ。というわけで、教師となる前はリルガや弟のラフィオスらの居住空間にあった部屋で暮らしていたラディオスも、教師として活動している間はこの教師空間の自室で寝起きしている。それだから、モモも以前の自分の部屋から移動しなければならないということで文句は言えない。
 とはいっても、モモ自身が無理のない出費の程度なら、新しい部屋も自分の好みに改造することが出来るので、彼女はこの際だからと、思い切って家具等をいくつか新調させてもらった。部屋にはる壁紙などは館が支払ってくれるため、それも思い切って今までのものとは違うものに変えてもらった。
 そのお陰で、彼女の新しい部屋は、新しいなじみのない空間といいながら、ここの暮らしも悪くないんじゃないか、と思える居心地のいい空間となり、彼女自身は大いに気に入っていた。
 彼女が寝ているベッドも、この夏新調したものだった。
 その寝心地の良いベッドで楽しい夢を見ている最中に、耳元で大音声─少なくとも眠っていたモモにはそう思えた─で名前を呼ばれ、モモは飛び起きたのだった。
 寝起きではっきりしない頭をしゃきっとさせようとして頭をふりながら周りを見回すと、寝台の横に見慣れたゴーストの姿がある。
「…テ…ティリアンカ…。どうなさったの、こんな夜遅くに……」
ティリアンカのやることなすことがかなり派茶目茶に見えることも多いモモだったが、それでも相手は自分よりもはるかに年長で、加えて「稀代の大魔女」と呼ばれるほどの実力を持つ魔法使いだ。そのような理由から、彼女はティリアンカに対しては、ごく自然に敬語で接していた。
 「ごめんなさいね。夜遅くに常識はずれだとは思うんだけど、非常事態が起こったものだから…」
ティリアンカは心底すまなそうに謝った。それに、本当に慌てているようだ。そう謝っている間もそわそわとしているし、視線がドアの方にちらちらと移動している。
 「…一体何があったのですか?」
モモは彼女のその様子にやや緊張し、固唾を飲んで目の前のゴーストを見つめた。
「シシカたちのことよ。あの子たちったら、宮殿に向かって、土の精霊のスパイを放ったらしいの」
そのティリアンカの言葉に、モモは思わず、目をパチクリさせる。
「…なんだって、あの子たち、そんなことする必要があるのです?」
そのモモの面食らったそのものの科白に、一瞬ティリアンカは絶句したが、ややしてから、
「…あなた…あの噂、知らないの?」
と聞いて来た。
 あの噂、と言われても、モモにはちんぷんかんぷんだ。
「なんの噂ですか?」
ティリアンカは、モモのその様子を見て納得した。仕方なしに、てっとり早く、食堂でザクトリアスがした噂と同じ噂をモモに話す。
 その噂は、彼女には初耳だった。
 普段する会話は、ごくありきたりな他愛もないものばかりだ。そんな噂は、教師空間、それもモモたちのような若い女性グループの間には、あまり流れてこない。家庭教師の間はロドルたちとの接触も多く、そういった物騒な話も事欠かなかったが、中等部生の教師となってから、ロドルたちとはめっきり会えなくなっていた。その変わり、気の合う同じ年頃の女性教師たちと友達になれ、彼女達と話す機会が増えたのだった。
 モモはその話を聞いているうちに、眠気など吹き飛んでしまっていた。
 「〜〜もう!あの子たちは〜〜っっ!!考えなしなんだから!」
モモは思わず、こぶしを握り締め、ベッドの中で地団太を踏んだ。
 モモのその様子に、ティリアンカも同意する。
「全くよね。頭を抱え込みたい、っていうのは、まさに今の状態だわ。どこにメアルナ様の放ったスパイがいるかも知れない時期に、スパイ用の精霊を宮殿に放つなんてね」
「その通りだわ。そのスパイの中に、精霊使いや魔法使いがいる可能性は十二分にあるわ。それなのにスパイ用の精霊を宮殿に潜り込ませるなんて、危ない橋もいいところだわ!」
 かりかりしてそう言いながら、モモはベッドから床に降り立った。彼女はシルクのすっきりしたパジャマを身に着けている。その格好は女性の寝間着はネグリジェ、と決められていた時代に育ったティリアンカから見れば信じられないものだったが、まあ今の時代は普段着だって晴れ着だって、どんどん当世風の身軽そうなものに変わってきているのだ。ティリアンカが生きている時分にも流行というものがあり、それはやはり年長のものから非難されるものもあったから、時分が現代の流行をとやかくいう資格は無いわねと、モモの姿を思わず非難したくなった自分を、内心で思わず苦笑する。
 
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