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新学期─普通の学校なら中等教育一年生─を迎えるまで、後一週間だ。 その間に、新任の教師たちが続々とこの館に到着した。温厚そうな老教師や、まだうら若いどこか臆病そうな小柄な女教師など。彼らと出会えるのは新学期になってからで、それまではゴルドの命令により、二階から三階に通じる、通称<教育空間>と呼ばれる範囲─そこには教師達の私室(中には家族同伴の教師も何人かいた)や例の職員室、いくつかの教室が入っていた─に通じる階段全てに魔法がかけられた。その魔法をかけたのはティリアンカとラディオスで、シシカとその親衛隊隊長たる子供達のみ、三階に行くことが出来ない、というものだった。 本当に、彼らのみ三階に行くことが出来なかった。子供達意外は普段どおりにそこを通ることが出来た。彼らは何度もそこをありとあらゆる方法で通ることが出来ないかと試みたものだが、それは毎度成功しなかった。 ゴルドがそんな魔法をかけさせたのは新学期は教師達の準備がなにかと大変で、子供達に煩わされることなくその準備に勤しんで欲しいという狙いがあったのだが、そうしておいて正解だったかもしれない。 そうこうしているうちに、リザディ、ティリミー、ナーギの女の子三人組も帰館した。そして、それぞれの部屋の飾り付けに熱中し始めた。 通称<騎士空間>と呼ばれる館の一角にも騎士見習の子供達が続々帰館してきて、新学期の準備をし始め、館内は一種独特の活気を呈するようになった。 そして、九月一日に新学期を無事に迎えたのだ。 新学期の始業式は、この館では<始業式パーティ>をするのが恒例だった。 ミアナは王立第一魔法学校に既に帰校しているため、このパーティには出席していなかったが、その他の館内の重要メンバーはほとんど出席していた。 ゴルドとリッツア夫妻、シシカ達は当然のこと、ゴルドの親衛隊隊長たち(彼らの円卓はシシカ達の隣に設けられ、彼らはシシカ達をからかうことでかなり楽しんだ)、多くの親衛隊員たち、騎士見習の子供達、教師達やその家族、ティリアンカを含む館付きのゴーストや小妖精たちのうちの何人かも出席していた。 ゴルドとリッツアは上座の長テーブルの席に就いていた。二人とも三十代で、リッツアの方がゴルドよりも二歳年下だった。 ゴルドは当代の五色の聖騎士たちの中では、黒の聖騎士ヴィルグ・ルオッファイツに次いで長身で、全体的に細っそりした体つきだった。彼は魔法は扱えない。夜空の星の輝きのような金色の髪は短めにし、全体的に清廉な雰囲気を漂わせていた。顔立ちも繊細というまでに整い、涼やかな水色の瞳をしている。リッッアは女性として平均的な身長で、ふわりとしたやさしい雰囲気の女性だった。その青い大きな瞳は常に何かを面白がっているように悪戯っぽく輝き、子供好きでシシカ達はもちろん、騎士見習の子供達にも慕われていた。丸顔で、縮れた金髪を肩の辺りまで伸ばし、可愛らしい顔立ちをしている。 館内の重要な新メンバーといえばあともう一人。 それは、執事見習のファーツという十八歳の青年だった。彼はシシカが白の聖騎士となった時に、執事として彼に仕えることになる。青灰色のまっすぐな髪の毛を肩の辺りまで伸ばし、深い灰色の瞳をしている。彼に初めて出会ったとき、シシカはなぜか小鳥を連想した。一見冷静そうだが、実はなかなか勝気な性格の持ち主のようだった。身が軽く、剣の腕もたった。彼は執事となる試験を受けて合格し、この館に勤めることになった。執事であるウムの側について、彼の言うことに真剣なまなざしで頷きながら給仕をしている。シシカは、その姿はなかなか様になっているのではないかと考えていた。彼は館内の女中たちに、なかなか人気があるようだったが、同じ館内に勤める者同士の恋愛は、この館に限らず、どこの館でも禁じられている。 ウムはこの帝国内でいくつかある黒い肌の部族の一つ、タカ族の出身だ。彼はゴルド仕える執事である。彼の肌は夜の闇のように黒い。まっすぐな黒髪はタカ族の特徴の一つだ。そしてタカ族は長身の部族としても有名で、この館内では最も長身であるゴルドよりも、頭三つぶんほど高い。タカ族の有名な特徴といえばあともう一つ。瞳が真紅ということだった。 白の館の女中頭はディミ・アリアートという名前の女性だった。彼女は五十代で、今も大広間をところせましと、慣れた様子できびきびと歩いている。骨ばった長身の女性で、まっすぐな黒髪をきつめに結っていた。融通のきかない女性という印象を初めは受けるが、付き合ううちにその印象は間違いだった、ということに気づく。肌は象牙のように白く、瞳は黒曜石のように輝いていた。 パーティの始まりは、ゴルドの挨拶で始まる。 普段の始業式ならその後は賑やかなパーティだけですませられるが、今回は新学年が始まるのだ。愉快に騒げるまで、今しばらくは我慢しなければならない。 新学年のこのパーティは、毎年騎士叙勲式が続く。館の神殿の最高司祭が儀式で清めた儀式用の、刃を落とした長剣をゴルドに恭しく渡し、ゴルドが新たに騎士叙勲を受ける者の名前を読み上げる。 その若者がゴルドの前に進み出てひざまずき、頭をたれ、その両肩をゴルドがその剣で軽く数回たたき、それで騎士叙勲式は終了する。今年は五人、新たに騎士となった。 その後は新任教師たちの紹介が続き(ラフィオスは彼の兄が紹介されると、何となく照れくさそうにしていた)、その後で新たに騎士見習としてこの館で過ごすことになる子供達の名前を読み上げるのだ。名前を呼ばれた子供達はそれぞれ立ち上がり、緊張気味にお辞儀をし、先輩たちの拍手喝采を浴びていた。 パーティは、その後でようやくはじめられた。入りたての騎士見習の子供達のもとへティリアンカが好奇心をまるだしにしてすべるように近寄っていくのがシシカたちにも見えた。 ティリアンカはリッツアよりも小柄で、どちらかといえば細身の女性だ。ふわふわの水色の髪の毛を腰のあたりまで伸ばし、ミアナにも受け継がれた深い緑色の瞳をしている─これはティリアンカの生家、ランファルツ家では、魔法使いとして生まれた者にのみ現れる瞳の色だった。 ランファルツ家の一族が大勢いた頃には、ランファルツ家には美人が多い、と謳われたものだ。リッツアやミアナにもその血は受け継がれたが、ティリアンカは一族の血が最も濃く出た、と、生前に(死後にもそう言う者がよくいるが)よく言われたものだ。彼女が通り過ぎると、女性でももう一度振り返って彼女を見、憧憬のため息をついたものだった。 「あなたは確か、ロウアル・ボンフという名前よね。どこから来たの?」 新入生の中でも最も小柄な男の子の側に行き、ティリアンカがそう質問している声がシシカにも聞こえた。 新入生の中には生まれて初めて本物のゴーストを見る、という子も何人かいて、そういう子供はティリアンカを見ておびえていたようだが、彼女が言葉巧みに彼らの心を解きほぐしていったので、そんな彼らも次第に、生者に対するのと同じ態度で彼女に接するようになった。 今日のために雇われた楽隊が、軽やかなダンスのメロディを奏ではじめ、大広間のダンスフロアはたちまちのうちに踊る人々で一杯になっていった。 「私たち、フロアの方に行ってくるわ」 ナーギがそう言って立ち上がった。そろそろフロアの方に行こうかと三人で話し合っていたのだ。女の子たちはこの日の為に新調しておいた可愛らしいドレスに身を包んでいる。 ちょうどその時、舌のとろけそうな見た目も美しいケーキが彼らのテーブルに運ばれてきて、男の子たちは思わず歓声をあげた。 女の子達もその出現に、フロアの方に行くべきか、少々迷ったようだった。 「─ナーギ様たちはどういたしますか?」 彼女等の様子を可笑しそうな表情で見やりながら、ファーツが訊ねた。 「…とりあえず、予定通りにフロアの方へ行くわ。私たちの分はとっておいてよ」 リザディが、ファーツがテーブルにつくタイミングが悪い、とでもいいたげなまなざしで彼を見た。 「僕達、そこまでいじきたなくないってば。ちゃんととっておくから、安心して踊りに行っておいでよ」 「…わかったわ。あ、ファーツ。私たちが戻ってきたら、冷たいジュースお願いね」 リザディはそれでも疑り深げに、男の子たちを見回した。─彼女がそう疑うのも無理はなく、実は彼らが出会いたての頃、女の子達がそばを離れた隙に、男の子たちが彼女等の分のお菓子も全部平らげたことがあるのだ。その時は、紳士らしくない振る舞いをした、ということで、リッツアからかなり厳しく小言を言われた。それ以来、そんなことはしなくなったのだが。 「…僕たちも、これでも少しは成長したんだけどなあ」 ケーキをファーツに切り分けてもらう間、シシカはファーツにその時のことを話し、信頼が得られなくて心底落胆した、というように、いかにも哀しげにため息をついた。
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