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2002年10月17日UP

 「してない、してない。五歳の頃に比べればさすがに理性はついて、女の子達の食べ物まではと盗らなくなったけど、この間しっかり寝坊しただろ?」
シシカの言葉に、ザリアルがすかさず茶々を入れる。
 「確か、去年も同じような時期に寝坊したよね─夏休みに入ったすぐ後のことだっけ。それも、その前の日は特に夜更かししてなかったのに」
ラフィオスの言い方は、いつもどこかのんびりしている。彼はそういい終わった後、ファーツが小皿におそってくれたケーキを、作法どおりに一口の大きさに切ると、嬉しそうに口に運んだ。
 「この館、夏の間は規則をいつもよりゆるめてくれるから、夏休みに入ったばかりの頃はついつい気がゆるんじゃうんだよ」
シシカは口をとがらせた。しかし、これは冗談を言い合っている、と解っているから、全体的な顔の表情は明るい。
「でも、僕は夏休みに入っても、シシカほど寝坊はしたことないよ」
と、これはラフィオス。
「あ、俺も。あれは寝坊の新記録だったよな」
ザリアルが右手で頬杖をつき、いらずらっぽい表情でにやにや笑いながら、シシカを見つめている。
 シシカは二人の応酬に、さすがにバツの悪そうな顔になった。
 寝坊したのは、夏休みに入ってすぐのこと。まだヂッチルム市の館に出かける前のことだ。
 あれは自分でも大失敗だったと思っている。何しろ、規則で決められた起床時間より、一時間半も寝坊したのだ。加えて、この館では夏の間は、起床時間はいつもより一時間ほど遅くなっている。
 いつもは、目覚ましよりも五分ほど早く起きることが出来る。寝起きもそんなに悪い方ではない。それが、あの日は目覚ましの鳴る音も聞こえなかった。
 この館付きの小妖精の一人、ヒンツェルマン族─彼らは普通の人間には姿の見えない、猫ほどの大きさの小人で、高い山などに住むのが一般的だが、中には人間の家に住み着く者もある。人間の前に姿をあらわす時は、五、六歳の可愛い子供の姿をしていることが多い─のイカムが、目覚ましが鳴り響いてもなかなか起きてこないシシカの毛布を引き剥がしたり、足をくすぐったり、耳元でぎゃあぎゃあ鳴き喚いたりしても死んだように眠っていたため、他のメンバーが既に集まっていた食堂に降りていき、食卓へついたばかりのゴルドにそのことを告げたのだった。
   ゴルドは笑い、それならばとりあえず、一時間ほど様子を見てみようと言った─これは、普段寝坊をあまりしないシシカが寝坊したからこそ、そう言えたのかもしれない。彼はシシカの分の食事を、その場に待機していたディミにオーブンに入れておくように命じておいた。
 ヒンツェルマン族のイカムは、館に彼の家族のために与えられた居住区の食堂で、彼の家族と共に、甘いたっぷりのミルクと好物の黒パンの朝食を食べるのが普通だ。
 それが終わって、シシカのところへ行くと、まだ彼は眠りこけていた。
 縁起の悪いことだが、万が一死んでいたら、と心配し、念のため調べてみたが、しっかり生きていることがわかりほっと一安心した。
 ゴルドの許可をとり、彼とイカムとで最後の手段として、寝台から荒っぽいやり方で床に転がり落としても起きなかったため、夏休みで魔法学校からこの館に帰ってきていたラディオスが急遽シシカの部屋に呼ばれた。
 そして、彼はシシカの目覚し時計に、音が十倍でなる魔法をかけた。
 目覚ましが鳴る前に、シシカの部屋にいたゴルド、リッツア、イカム、ザリアル、ラフィオス、ラディオス、ミアナの七人はしっかり耳栓をしておいたが、シシカがその音でさすがに目覚めた時、それにも関わらず、彼らは全員、床にひっくりかえっていたのだった。そして全員、シシカを恨めしそうに見つめていた。─いや、透明なイカムの姿は、シシカには見えなかったのだが。
 その後、シシカはゴルドとリッツアから、規則どおりに起きて食卓に着かなければ、食事をし終わった食器を片付ける女中たちの一日の仕事の予定が全て狂い─彼女達の一日の仕事は、食後の皿を洗うだけではないのだ─、彼女達がそのためにどんなに迷惑するかをしっかり考えなさい、と懇々と説教されたのだった。
 この説教はその食後に行われたのだが(食事中は普段どおりに和やかだった)、その日は何だか、一日中胃の調子が悪かったことを覚えている。
 この話を、シシカはほかの二人とかわるがわる話してきかせた。
 生来陽気なファーツは、この話を聞いて吹き出したいのを強靭な意志の力でこらえ、何とか完全なポーカーフェイス─執事の心得その一:執事は、職務中は、感情を出来るだけ表情に出さないようにする─を保つことに成功した。
 シシカはこれを、何となく残念に思った。一週間ほど前にはじめて彼に出会った時、シシカは彼のことを、何となく面白そうな奴、だと思い、何とか職務上のやりとり以外の彼の表情を引き出そうとしていたのだった。
 それは今回も失敗に終わった。
 しかし、話の中でラディオスの名前が出てきた時、ポーカーフェイスのファーツの口元がわずかに引きつったのを、シシカ達三人は見逃さなかった。
 そして、彼が立ち去った後、彼らは何となく笑いをこらえたような表情で、お互いの顔を見やり、にやりと笑ったものである。
 

2002年11月4日UP
 次の日、シシカは普段どおり、目覚ましのなる五分前に目覚めた。
 前日のパーティでファーツにした話を思い出し、思わずニヤリと─いつもは寝坊しないのだ─笑い、目覚ましがもう鳴らないようにスイッチを止める。
 それから、ベットの脇の呼び鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。このメイドは、暖かい洗面用のお湯が入った水差しを洗面所に(洗面所はシシカの部屋の右隣にあった)置いておくのが一日の仕事の一部だ。
 そのメイドが水差しを持ってくる間に、シシカは手早く服を着替えた。
 お金持ちの子供達の中には、随分大きくなるまで、着替えを執事や乳母といった使用人にさせる者も多い─下手をすると一生、などという子もいる。現皇帝の長子、ジェイグムなどもそうだ。赤の聖騎士の後継者のサンサ・ホンムという十四歳の少女も、当代の赤の聖騎士のロアンナ・アイヴェンツが自分がそう育てられたから、という理由で彼女にもそうさせている。
 しかし、白の聖騎士や黒の聖騎士の館では、子供達は五歳位から自分で服を身につけることが出来るように躾されている。これは、実子の─と言っても当代の黒の聖騎士には実子はいないが─ミアナも同様だ。
 それにしても、どうしていつも、楽しいことをしている間は時間は飛ぶように過ぎ、<やりたくないのにどうしてもやらなければならないこと>をしている間の時間は長く感じられるのだろう、とシシカは苦々しい気持ちで考えていた。
 こう思うのは何も今日だけではなく、芝居やパーティなど、何か楽しい催し物が終わり、日常の空間に戻された時にはいつも感じてしまうことだ。
 <始業式パーティ>は例年のとおり、夜中の十二時過ぎまで続いた。
 騎士見習として新たに白の館に入ってきた子供達の中には、はじめてこんなに遅くまで起きていた者達もいたが、パーティ終了まで全員目が冴えていた。
 ダンス有り、ゲーム有り、気の利いた小芝居有り、だった。
 大人たちには酒類も振舞われていた。
 酒類は子供達には飲ませてはいけないことになっていた。もし大人の誰かが子供に飲ませようとしたり、子供が酒類をくすねて飲もうとすると、たちまちのうちにジュースに変わってしまう、という魔法がパーティに出される全てのグラスにかけられていた。
  
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