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「朝食の前に、皆さんに少しお話しておきたいことがあります」 全員の顔をぐるりと見渡しながら、リッツアが言った。子供達が彼女の顔に注目する。 「今日からあなたたちは中等生になったわけだけど、各先生がたが口をそろえておっしゃっていることは、今まで以上に授業に心して取り組んで欲しい、ということよ。皆の中で一番早くに武術の授業を受けるのはシシカだけど、そのうち遅かれ早かれ、皆も受けることになるわね。ロドルからは特に伝言だけど、小等生の時よりもかなり厳しくするから、そのつもりで、とのことです」 ロドルの名前を出したところで、リッツアの表情が可笑しそうにゆるんだ。以前のロドルの行状を思い出してしまったのだ。 子供達同士で目配せしあい、代表でシシカが手を挙げ質問する。 「義母上。厳しいって、具体的にはどのくらい?」 「そうね」 リッツアがいたずらっぽく、瞳をくるりと回転させてからその質問に答えた。 「時々、骨折くらいの怪我はするくらいの覚悟で臨んで欲しい、とのことですよ」 「まあ、骨折くらいの怪我なら、ディアンカ女史が神聖魔法でちょちょいのちょいですぐ治してくださるだろうからいいけどさ」 ザリアルが気楽そうにいうと、男子全員は頷いた。 「そういう問題?確かにすぐ治してくださるけど、治していただくまでは痛いのよ。私、痛いのは嫌だわ」 ナーギが(男の子って…)とでも言いたそうな眼差しでザリアルを見ながら、顔をしかめて言う。 「私もナーギに賛成。だって、去年ナーギが落馬した時に足を骨折したのを見たけど、ナーギ、痛そうだったもの。怪我しないように細心の注意を払ったほうがいいわ」 ティリミーがその時のことを思い出して、ぶるっと震えながら言った。同情の表情でナーギを見つめる。リザディもティリミーやナーギと顔を見合わせ、同意の表情で頷いた。 「とりあえず、今日の連絡はこのくらいですよ。では、朝食をいただきましょう」 リッツアが、放っておくと女の子対男の子の論争に発展しそうなその場の雰囲気をやんわりととりなした。 白の聖騎士は代々、知識神ギニアティと、戦神ゴーリィサの双子神を信仰している。その二柱の神に対して、食前の祈りをささげるのが習慣だった。 ちなみに、クロアータ帝国の国教はスーヤ教という名前の多神教だ。ギニアティとゴーリィサの二柱の神も、その中の神々だ。彼らはまた、ヌートゥを回る月を支配する神でもある。ヌートゥの月は二つあり、一つは北東から登り南東へ沈むゴーリィサの月、一つは西から登り東へ沈むギニアティの月だ。天を支配する天の神々、この世を支配する大地の神々、そしてあの世を支配するあの世の神々と三種類の神々が存在する。ちなみに、ギニアティとゴーリィサは大地の神々に分類されている。大地の神々を支配するのは、夜みる夢と空を主に支配する全知全能の神、ウム=ヤナだ。スーヤというのは神々の世界で使われている日常語で、人間の言葉に訳せば、「我々が与えた」というような意味になる。ちなみにこの宗教の聖典は「神々の書」。スーヤ教の神々から啓示を受けてこれを書いたのはラグ・イグティティンという帝国出身の男性で、彼を信仰の対象とする一派もスーヤ教徒には存在する。 2002年12月15日UP (2) 「わっ!」 悲鳴をあげてしまったことを、シシカは後悔した。後悔したことをまた後悔する。 なぜなら、悲鳴をあげた分次の攻撃─あるいは防御、どちらでもかまわないが、次の動作に移る時間が、悲鳴をあげた時間の分ロスし、隙を生じさせ、敵に有利な風になってしまう。さらには、後悔するよりも先に次の手を考えた方が隙が少なくなり、その分自分の方が、敵より有利に動ける。 武術を習い始めた直後からそう教えられてきたのに、どうしてもそれが出来ない時がある。それはすなわち、敵に負ける、ということになるが。今は武術の時間だから負けても生きていられるが、これが本番─即ち戦場だったら洒落にならない。負けというのは自分の死を意味するからだ。一切の終わり。 そして案の定、 「もらった♪」 気合もなにもなさそうな能天気な声とともにロドルの鋭い蹴りが小刀を持つ右手にあたり、その痛みに悲鳴をあげて、シシカは思わず小刀を取り落とした。 小刀といっても、練習用の、刃を落としてある物だ。 「痛ってえ〜。あざになるよ、これ」 シシカは半分なみだ目になりながら、蹴られた手首をさすっている。そこは既に、赤くはれ上がっていた。 「だから、今年からは特に厳しくする、って言っただろう。後二年もすると、立派な大人になるんだからな」 ロドルがにやにや笑いながら、腰に手をあててシシカを見下ろした。 「成人の儀、かあ。あれ長々として面倒くさそうだから、いっそ、ずっと子供でもいいんだけど…」 2002年1月23日UP そのシシカに、ロドルがさりげなく注意した。 「何贅沢言ってるんだ。成人の儀やなんやかやの儀式にかかる時間が長けりゃ長いほど、この国じゃ身分が高い、ってことになるんだからな。」 「そりゃあ、ロドルなんかは見てるだけだからそんな呑気なことが言えるだろうけど。─確かに贅沢な愚痴かもしれないけど。でも、それにしても、三日間はないんじゃない。皇族なんか四日間もあるんだよ。全く、昔の人はよく、三四日も続く儀式ってのを考えたもんだよ」 <成人の儀>が長い、とシシカが文句を言うのも、無理はないかもしれない。 平民─ティリミーのような豪農の子も、この国では大きく分ければ平民の身分に入る─の子供たちだったら、晴れ着を着て近所の神殿にでも行き、そこの神官に儀式で清めた聖水に浸した右手の人差し指で、額に祝いの言葉でも書いてもらい、その後各家庭でささやかなパーティでも開けば、成人式は終わりである。 しかし、金持ち─身分の高い子供たちは、そうはいかなかった。先祖から受け継いできた何時間にも及ぶ儀式が行われるのである。 五色の聖騎士の子供に至っては三日間の儀式が、皇族の子供たちに至っては四日間の儀式が続く。 誰が始めたのかまではわからないが、遠い遠い昔から儀式の数が増えてきた結果、現在は三四日も儀式が続くことになってしまったのだ。 ちなみに、皇族や五色の聖騎士の子供たちが成人の儀を行う時はその間は、他の国民たちにとっては休日となっているが、主役の子供たちにとってはその期間は早朝から夜遅くまで儀式だらけで、休む間もないというのが現実である。 「ま、子供のうちは確かにそう思っても無理はないかも知れないけどな。大人になってみりゃ、自分の身分が生まれながらに高いってことに感謝することが結構あるんじゃないか?─子供の頃には窮屈に感じていた高い身分って奴を、大人になったら、自分の人生と楽しみのために、うまく利用すればいいんだよ」 ロドルはそう言って、くすりと笑いながらシシカの頭を くしゃくしゃと撫でた。言いながら、自分の科白後半は、生真面目なラディオスあたりが聞いたら目くじらをたてそうだな、と内心舌を出す。 「?何、それ?」 撫でられてくしゃくしゃになった髪の毛をもとに戻しながら、なんとなく子供扱いされたことに憮然とした心境になりつつ、シシカはきょとんとした表情で尋ねた。ロドルの言ったことが、今ひとつ理解できなかったのだ。 ロドルはそのいかにも子供らしい表情を見て、思わずその可愛らしさに破顔する。早く大人と対等になりたくて、小生意気なことも時には言うが、なんだかんだとまだ子供だ─いや、背伸びをする辺りが、本当の大人から見れば、まだまだ子供だということになるのだが。 「あ、また子供扱いしてるだろ」 そのロドルの表情を見て、シシカがすかさず突っ込みを入れる。 「してない、してない。ま、この言葉はまだシシカさまには早すぎたかな。─ま、この言葉は今は、完全に理解できなくてもいいさ。─大人になってから、意味を考えりゃいい─」 「ほら。やっぱり子供扱いしてる」 笑いながら、シシカはまたそう言った。 「してない、してない。─おっと、自分の言葉の、<考えりゃいいさ>で、今が授業中だったことを思い出した」 と、そこで今までのにやけた表情から、真剣な<教師>としての表情になる。 「と。ここから授業に戻るぞ。今の試合で何故負けたか。自分なりに分析したことを述べてごらん」 今までの会話の答えをうまいことはぐらかされたような気もしなくもなかったが、「子供扱い」の一件はシシカも本気ではなく冗談で言い合っていたため、シシカもここで気分を、今までのじゃれあいの気分から学習中の気分に切り替える。 今回の試合で感じたことを自分なりに述べると、ロドルは満足そうに頷いた。 「よし。大体のところは理解してるな。ただ、ほかにもある─」 そう言って、ロドルはシシカの気づかなかった試合での欠点を述べた。 これは、覚えておかなければならない。そして、後で時間ができたら、ノートにその言葉を記しておかなければならないのだ。ロドルときたらちゃらんぽらんに見えるようで、記憶力はとんでもない、とい7う言葉がつくほどいいのである。些細な会話のことまで覚えていて、会話の際にふいっと出た戦法のことが、期末テストにしっかりと出たりするのだ。おかげで、ロドルの授業の時は気がぬけない。 「よし。じゃあ、シシカ様は今日はこれで終わりだ。─次!ムアン・カッセ!」 シシカは形式通りに一礼すると、それまでムアンと試合形式で練習していたダージュ・クルイの方へ向かって、小走りに走り出した。ムアン・カッセとすれ違うときに、お互いにやりとして片目をつぶり、右手と右手を軽く打ち合わせる。 シシカ・ギュアナントラウス、ムアン・カッセ、ダージュ・クルイ、リオル・ターホイ、デゼラ・エイウ、ジュイ・シュオウの六人が、このクラスのメンバーだった。
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